母と暮らせば。ゆっくりめ系女子の32年間の勘違い。

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こうじを作っていたら、私たぶん32年間も勘違いしてたんだろうなコレ。と気がついたことがありました。

母の一言が、人生の目的に。

IMG_0041こうじを作るのに、米を2.5kg蒸す必要があって、
母の餅つき機を使わせてもらいました。

使い方が分からなかったから、母に教えてもらいながらだったんだけど、
私は初めてだし、なかなかうまくできなくて。

水こぼすわ、米こぼすわ。
ワタワタしながら。

そしたら母は、

何でこぼすの!信じらんない!

と、とっさに言ったんです。

私、もういい大人なんだけど、

心、折れそうだった、、、。(苦笑)

母さんの言葉を、
私のせいで母さんを怒らせたんだ、と受け止めて
「私、ノロくてだめ子なんだ。」
と、思いそうになり。

いや、待てまて。

んなハズないわ!

→私は餅つき機使うの初めてだし、容量悪くてもしかたない。

→それに、母さんそもそも怒ってないかもしれないわ。

→そもそも、もとからせっかちの母。母が「遅い!」と言うことも、
世間ではそんなに遅くもないよ、ということもあり得る。

と、これだけの可能性が思い浮かびました。

私はもう30代で、世間で色んな経験を積んできたから、
一つの言葉を多角的に眺められます。
「母の言葉=私」とも思わずに、自分を肯定していられます。

でも、それでも、
ちょっと心折れそうだったんですね。

驚いたのは、そこでした。

母親の言葉が、こんなに私に響くんだ。

 

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32年間信じていたこと=勘違い!?

餅つき機のことをきっかけに、
こんなことを考えました。

今でこそ、母の言葉と自分の存在を切り離して扱えますが、
幼いころの私には、それはできなかったんじゃないかな?

母が「あー、忙しい」と言えば、
私は「私が手のかからない子になれば、母さんは楽になる。」と思ったんだと思います。

今だと、母はただ言っただけなんじゃないかな?とも思うのだけど、
小さいころは、

「母さんは忙しい」=「母さんは不幸」

「私が手がかからない子になる」=「母さんは、楽ができて幸せになる」

こんなことを勝手に仮定してしまったんじゃないかな?
そして、それが正しいと、思い込み続けてしまったんじゃないかな、32年間?

大人だったら、
仮定を立てたら(Plan)、
実際にやってみて(Do)、
結果をみて(Check)、
改善する(Act)。

こんなPDCAという知恵が働きますが、
幼かった私は、PDのみで突っ走ってきたのでは?

そう思うのです。
なぜならば、私いま実家で親のすねかじりながら生きてて、
めっちゃ手がかかる人なんですが、母さんは私に優しいからです。

愛されている状態>自立!?

「私が手がかからない子になる」=「母さんは、楽ができて幸せになる」


これは、私が勝手に立てた、理想像です。
それを支えに、去年までの私は自立してました。
それはつまり、就職して自分のお金で生活する。
自分の面倒は自分で見る。つうことです。

でもねぇ、今思い出したけど、
評判良くて、お給料もいい安定した会社で働いていた時、
母は、

「仕事もいいけど、あんた結婚はしないの?」

と言うんだなぁ。

おいおい、「仕事もいいけど」って、
そんなにサラっと言わないでよ!と思わず口からでましたが、

私は、こんなに立派に仕事しても、まだ母さんの望みの子になれない。
なぜならば結婚してもないし、したい相手もいない、、、。」
と、しょぼんとした気持ちは、そっと内にしまったのだ。

今思えば、自分で自分に突っ込みどころ満載ですが。
今でも覚えてるってことは、
当時の私はショックを受けたんだと思います。

P1050480今の私は、実家に住んでます。
貯金もないから「働かなきゃ。」と思って、
仕事の面接を受けたりしてるんだけど、
なんかうまくいかないから、
「まぁ、いいか」と、流れで実家にただ住んでいます。

で、親のすねをかじるニートをやってるわけです。
家事手伝いでも、呼び名は何でもいいんだけれど、
去年までの自立していた私とは180°違うのです。

(去年は港区に住んで、月10万円の家賃をちゃんと払えていたのに、
いま貯金がないのは、ほんとナゾw ←他人事
お金の話は、また別で、、、。)

今わたし、母さんいなくては、生きて行けないw

で、母はと言えば、
私に優しいんです。

自分で作った野菜を食べさせてくれる。
ご飯作ってくれる。
スーパーに行って、ハーゲンダッツ買ってきてくれる。←

私が東京で自立してようが、
実家でニートしてようが、母は私に優しい。

これに気がついて、

「あぁ、私は小さいころから勘違いをしていたのかもしれない。」

「その勘違いが、私を自立へと向かわせていただけなのかもしれない。」

そんなことを思いました。
根底がゆらぎます。

港区住んでても、
実家住んでても、

母さんなしで生活まわせても、
母さんなくては生きて行けなくても、
母さんは私に同じように優しいんだ。

手がかかっても、かからなくても、
母さんはそんな次元で私を見てないんだろうな、と
最近思います。

だったら、私が自立したかったらすりゃいいし、
すねかじりたかったら、そうすりゃいい。

それぞれの結果はどうであれ。
そもそもの選択肢としてはあるのだ。
母さんの言葉かんけいなく、私の中に。

まぁ私は、水や米こぼすほど手のかかる子だから、
母さんはそんな私に幸せにしてほしいって、
ちっぽも思ってないんだろう。

32歳でこんなことが思えるようになりました。
われながら、ノロいわー(笑)。

自分を責めるでもなく、
気楽に受け止められています。

って、自分のテヘペロ話になっちゃったけど、
アラサー女子のがんばり屋さんたち、
私みたいに頼りない人も、めっちゃ幸せに暮らせているよ、
という一例を知ってほしかったのでした!

読んでくださり、ありがとう♡
me

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