山村地域の近所のおばちゃん達との立ち話が、外国行った時くらい異文化交流だったお話。

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女優の酒井和歌子さんは、旅がお好きだそうで、世界中色んな場所へ旅行されているようだ。先日、テレビのある旅番組で酒井さんが、かねてより行きたいと思っていた武田城へ一人旅をするという企画を見た。

酒井さんのことを私はその時まで知らなかったのだが、一緒にテレビを見ていた母によると「みんな知ってる。」とのこと。大人気のアイドルだったそう。60代になられた今も、肌のきめこまやかさが印象的な美人な方だった。

その酒井さんは、現在までずっと独身だったそうで、番組から「なぜずっと独身なのですか?」と聞かれていた。酒井さんの答えは、「人間、産まれて来るときも、死ぬときも結局は一人で、ですしね。」というものだったと記憶している(うろ覚えですが、そんな主旨でした)。

可憐で清楚な印象を今もまとう見た目と、芯の強い言葉が、酒井さんを初めて知った私に、印象的に残った。

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昨日、私の住む山村のある地域では、「とんど焼き」という行事があった。数週間前に、集落のみんなで、竹やわら、果樹の枝を使い、3m以上もの塔を立てる。近所の公園に設置されたとんど。今日は、それに火を付け燃やし上げる。正月飾りも持って行って燃やす。とんど焼きの火で餅を焼いて食べると、風邪を引かない。そんな言い伝えがある。集落の各家から、少なくとも1人は出席することになっている。私は父について行った。

そこで、近所のおばちゃん達と久しぶりに話した。私が幼い頃から変わらぬメンバー。「あきちゃん、お母さんによく似てきたね。」とか「まだ、実家のほうにしばらくいるの?」なんて、こんな話をする。このおばちゃん達は、私が外国人と付き合っていて、今まで海外に行っていた、ということは既に知っているようだ。これは田舎ならではのことだろう。「だれだれの家の娘さんは、どの学校に行って、どんな会社に入った」という情報は、わりと基礎情報として、集落の各家々に共有されている。私はこんな環境で育った。

おばちゃん達は、「一人で遠いところに行って、怖くないん?」と聞いた。私は「怖くないなぁ。」と答える。「すごいねぇ!おばちゃんだったら、よう行かんわ。」と言われる。おばちゃん達3人と話して、3人ともそう言った。

「一人で遠いところに行く」こと。私は結構好きだ。一人旅も気楽で、割と好き。
でもおばちゃん達には「こわい」「考えられない」という。

「え、おばちゃん、まぁ、海外は無理としても、京都とかでも一人旅したことない?」と聞くと、
「えー、無理むり無理!」と、3人が全員同じ答えをした。

私は3人が3人とも、同じ答えをしたことに驚いた。

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一昨日、東京でお世話になった知人2名に、母の作る野菜を送った。「ねぇ、あなたのお家のお野菜、分けてもらうってできる?」と声をかけられたのだ。

(参考記事:東京に向けて、我が家の野菜ボックスを送りました。

IMG_0025母に聞くと、母の畑にあるものしかないけど、それでいいならいいよ、とのこと。それで、発送したら、すごくよろこんでくださった。

東京の知人は、野菜の代金を払いたいという。私の両親は「もらえない」という。どうせ家で食べるように作ったのだし、
余っているぶんをあげただけだから、と。

、、、。理解するのが少し難しい。
だから推測してみる。

農業を営む両親は、「家族がたべる用のもの」と「出荷用のもの」の両方を育てている。「出荷用のもの」でお金を稼ぎ、私を大学に行かせてくれた。農業のプロである両親が「家族がたべる用に作るもの」を、人にあげて、ましてや娘がお世話になった方で。それに対してお金を下さいなんて、到底思っていない。払いますと言われても、頂けない、という、そう思うのかもしれない。以上が私の推測です。

一方、東京の方が「お金を払いたい」と仰るのも私は分かる。

東京に住んでいて、野菜を手に入れるにはお金がかかる。これが当たり前のこととして、ある。
「手に入れる」と「お金を払う」とがセットで、それで成り立つ。

山村のうちの周辺では、野菜を手に入れるには、「作る」とか「もらう」とかがわりと一般的だが、東京の人はそれを知らないと思う。こういう事実を聞いても、それがどんな「感じ」なのか感覚として掴むには、距離が離れ過ぎている。これには慣れが必要だ。

お金をはらわずに、ただもらう。もらいっぱなし。という状態は、東京の方には、すっきりしない状況かもしれない。じゃぁ、なにかお菓子でも買って送ります、と言われた。

それも両親に言わせれば、「申し訳ないから、頼むからしないで。」と。「ただ、もらってくれれば、それでいい。美味しいと思ってもらえたら、それでいい。」

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私は今まで10年以上、東京にいた。
両親と一緒にご飯を食べるのは、1年間のうち数日程度。
両親や地元とは、そんな付き合い方をしてきた。

うちの集落は、先述のおばちゃん3人や、うちの両親ふくめ
みなさんの関係がとても良好だ。

農閑期には、バスをチャーターしてみんなで温泉旅行に行く。
新年会を集落の寄り合い所でやる。今度は花見もしよう。と計画しているらしい。

両親たちと、私との、考え方の違いを、私は「おもしろいな」と思う。
両親たちの考え方で、いまこの集落がいい感じになっている。

ご近所といい関係性を築いている両親を尊敬する。
ご近所さんにも、ありがたいな、という気持ちが先に立つ。

その中であえて私は、全てを受け入れられて、うちの少しを理解されない、
やさしく見守られた異端児として、この集落に自分をポジショニングしたいなと思う。
海外にも一人で行く。田舎で「あたりまえのもの」とされるものでもお金に変わるならかえたいと思う。それが私にとっては自然だから。その反対が、両親たちには自然なように。

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